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ONE-shot 31 普段着のさよなら運転。 [PICK UP ONE-shot]

PICK UP ONE-shot 31 普段着のさよなら運転

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中央線最後の201系となってしまったH7編成。
その「さよなら運転」の一回目が三鷹~甲府で行われました。
しかし今日の私は休日出勤。撮影に行くのはちょっと難しかったのですが、
今日が初日となるH7の「さよなら」、どんなヘッドマークが掲げられるのか
それがどうしても見たくて、なんとか送り込み回送だけでも・・・と
出勤前に向かったのは国立~西国分寺の跨線橋。
ところが定時に現れたH7は、特別な装飾などが無いいつも通りの姿。
撮影は出来ませんでしたが、本運転もマークは無かったようです。
ここで思い出すのが先週の253系
こちらもヘッドマークなどの掲出はなく、「ふつうのN`EX」でした。
いつも通りの姿、「普段着のさよなら運転」が流行っているのでしょうか?
特別装飾が無いのは、まだ定期運用に入るからとの見方もあり、
ファンとしては歯がゆいところですが、やっぱりちょっと寂しいですよね・・・。
H7、10月の最終運転には立派なマークが掲げられることを期待しています。
    
10.07.25 中央本線 国立-西国分寺


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成田線・・・253系「N`EX」 ラストラン撮影記 [鉄道写真撮影記]

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2010.07.17
成田線
253系「N`EX」 ラストラン撮影記
  
成田スカイアクセスが開業した17日。折しもこの日、JRの初代「成田エクスプレス」用253系が大船~成田空港で「さよなら運転」を行っていました。スカイアクセスの初乗りで成田へ来ていた私はこの「さよなら運転」を撮影するため、京成からJRの成田へと移動し、成田線沿いの撮影地を探すことにしました。253系については以前に思い出話的なものを綴ったので、ここでは当日の撮影を中心に話を進めてゆくことにしましょう。

7月17日(土)
京成成田-(徒歩)-成田1021-(成田1528M)-物井1043

成田線に乗ってやってきたのは物井。成田周辺で駅から徒歩圏内の撮影地というと、やはり定番ながらこの「モノサク(物井~佐倉)」しか思い浮かびませんでした。しかしさすがに人気の亀崎踏切周辺は、既に多数の同業者でいっぱいになっているのが乗っていた列車内から見えていたので、ここは物井駅近くのマイナーポイントから撮ることに。

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まずは113系。209系への置き換えでこちらの動向も気になるところ。
総武本線 物井-佐倉

ローアングルから、先頭車がちょっと首を振ったアングル。駅から徒歩3分のお手軽撮影地にしてはまずまずの撮影ポイントではないでしょうか。ちなみに列車の後方に写っているのが物井駅です。ところで今回の「さよなら運転」、私には列車の通過時刻が解りませんでした。確か今月号のDJ誌には詳細な時刻が載っていたはずですが、こともあろうにそのDJ誌を家に忘れてきてしまい、頼みの綱はケータイだけ。ネットで情報を検索したところ、『大船929ー成田空港1211~1232ー大船1458』という超アバウトな時刻をなんとかゲットできました。成田空港に近いこの場所、これでだいたいの時刻は予想できます。快速「エアポート成田」の物井~成田空港がちょうど30分、ということは253系の臨時列車が物井を通過するのは11時40分頃か・・・。実際に253系の姿が見えたのは11時33分で、思っていたよりもちょっと早かったけど、ほぼ予想の範囲内でした。少なくとも下り列車に関しては・・・。

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いつもと変わらぬ姿で現れた253系。通いなれたこの道を行くのも今日が最後。

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後ろを振り返ると・・・217系が接近中。危なかった~。

「さよなら運転」という割には、ヘッドマーク等の装飾が無くちょっと拍子抜け。これじゃ普段の「N`EX」と何も変わらないなぁ・・・。それでも「N`EX」の姿で253系がここを通るのはおそらくこれがラストになると思われるので、記録できたこと自体に意義があるのだ・・・と自分を納得させて、引き続き成田空港から折り返して来る253系の撮影へと向かいます。今度の撮影地は有名ポイントの亀崎踏切付近。しかし前述のように編成がきれいに撮れる定番位置は満員御礼状態なので、その近くから流し撮りしてみることにしました。田園地帯が広がるモノサクは、流し撮りにも適した撮影地。253系の通過まではしばらく時間があったので、試しにいろいろな形式を流してみました。

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253系に変わる、二代目「N`EX」E259系。
総武本線 佐倉-物井

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だいぶ数が減ってしまったスカ色113系。

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房総の新顔、209系は連結部流し。

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微妙な位置づけの211系。中央本線への移動は本当なのか?

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E257系の特急「しおさい」。

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72レのPF。カマは全体を入れた方がサマになりますね・・・。


同じ角度で揃えて撮ったら面白いかも・・・と思い、意識してほぼ真横から狙ってみました。でもなかなか難しいもので、EF65PFの写真は水平が傾いてしまったため、少しトリミングをして傾きを補正しています。あと211系はちょっと引き付けが甘いか・・・。それにしても、今の総武・成田線は多種多様な列車が走っていて楽しいですね。上記写真の車両の他、さらにE217系や255系なども走っています。
さて、そろそろ折り返しの253系が来てもいい頃なのですが、目安としていた成田空港発車の30分後を過ぎてもいっこうに姿を現しません。13時ちょうど頃の通過と見込んでいたのですが、13時10分の72レ貨物が先にやってきてしまいました。この日はちょうど梅雨明けしたばかりの猛暑日。遮るものが無い田んぼのど真ん中で、容赦なく照りつける日差しがイタイ・・・
。そんななか、ようやく陽炎の向こうに赤い顔の列車が見えてきました。

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253系「N`EX」ラストラン!
さすがに253系は真横ではなく、ちょっと顔が見える角度から。

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でも、後追いではやっぱり真横から流してみました(^^)。


結局、上りは予想していたよりも30分も遅い通過でした。あとからDJ誌で調べてみると、成田で13分、佐倉で12分も停車していたんですね・・・。たかだか30分程度の誤差ですが、トータルの待ち時間は一時間半。炎天下の中で待ち続けるのは辛かった~。これからしばらくは撮り鉄にとってキツい季節になりそうですね・・・。厳しい暑さには参ったけど、おかげで夏らしい良い光線の中で253系「N`EX」のラストランを見送ることができました。 おつかれさま253「N`EX」!

物井1347-(総武1534M)-千葉14001411-(1438F)-東京1452

 



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東成田・・・忘れられたもうひとつの「成田空港」駅 [鉄道乗車記]

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2010.07.17
東成田
忘れられたもうひとつの「成田空港」
  
成田スカイアクセスの開業で華やいだムードの成田空港駅。しかしその影でひっそりとたたずむもうひとつの成田空港駅があります。それは、京成・東成田駅。かつてはこの駅も「成田空港」を名乗り、成田空港への玄関口として京成上野からの直通特急「スカイライナー」も乗り入れていました。しかし駅はターミナルビルからかなり離れた位置にあり、当駅からさらに有料の連絡バスへ乗り継がなくてはならないという不便さが利用者には不評。「世界一不便な空港の世界一不便な空港アクセス」と揶揄されたこともありました。本来ならターミナルビルへの直結を望んでいた京成ですが、当時は「成田新幹線計画」があり、ターミナルビル構内へ京成は乗り入れることができなかったのです。しかしその後の成田新幹線計画の中止で、新幹線予定地へは在来線が乗り入れることになり、1991年に開業したのが現在のJRと京成の成田空港線(成田空港高速鉄道)。これによりターミナルビルへ直結する新線の方に新たな成田空港駅が開業し、従来の成田空港駅はその名を東成田と改称されて現在に至るのです。そんな旧・成田空港駅の東成田へ、スカイアクセス初乗りのついでにちょっと寄ってみることにしました。

7月17日(土)
空港第2ビル-(徒歩)-東成田

スカイアクセス線を一巡したあと、やってきたのは空港第2ビル駅。実はこの第2ビル駅と東成田は長い地下通路で結ばれているのです。第2ターミナルビルへと続くコンコースの端っこにあるこの通路、第2ビル駅を通るたびにいつも気になっていました。

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空港第2ビル駅にある東成田への連絡通路。

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看板によると、その距離は500メートルほど。

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永遠と続く長~い地下通路・・・。

海外へ向かう旅行者でごった返していた第2ビル駅とは打って変わって、この通路は人っ子一人おらずとても静か。500メートルの地下通路というと、ちょうど京葉線の東京駅の連絡通路と同じくらいですが、飾り気も無く無機質なこちらの通路は異常に長く感じます。前も後ろも同じ光景、そして誰もいない・・・異空間のような不気味ささえ感じます。しかしさすがにここは空港の敷地内だけあって、数十メートルごとに防犯カメラが設置されています。こんな通路の写真なんかを撮っている私は怪しまれたかも・・・。長く感じた地下通路ですが、500メートルなので、ものの数分程で東成田側へ出ることができました。ここからちょっと駅構内を散策してみましょう。

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左の通路を出ると、すぐに東成田の改札口。
天井には電話マークの看板が掛かっています。
かつてここに公衆電話コーナーでもあったのでしょうか。

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せっかくなので、外へ出てみました。これが東成田駅の外観。

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見上げるとすぐ横には管制塔があります。そう、ここは空港の敷地内。

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駅に直結した第4ゲートは封鎖されています。
「新東京国際空港」って呼び方も、いまではちょっと懐かしい。

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「混雑時の行列は検問所からまっすぐにお並び下さい」
かつては、ここもたくさんの旅行者で賑わったのでしょうね。

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閑散としたコンコース
その広さが過去の賑わいを物語っているような気がします。

今でもここは空港関係者など、平日の朝夕には大勢の利用者があるようですが、土曜日のこの日は人影まばら。歩いているのは私と空港警備の警察官くらい。ちなみに今でもこの駅から連絡バスで空港ターミナル(第5ゲート)へ行くことができるそうですが、一般の利用者はどれくらいいるのでしょうか。さて、今度は改札を通りホームへと下りてみます。

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改札内。右の臨時出口は閉鎖されています。

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薄暗い精算窓口の跡。
かつて右側の壁の向こうは特急ホームへ続くコンコースがありました。

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東成田のホーム。二面四線ですが、使用されているのは手前のホームのみ。
奥のホームは留置線として使われているそうですが、夜間は成田止まりの車両
などが回送で入ってくるのかな?

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手前の使用ホームの駅名板は東成田ですが、
奥のホームは・・・

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なんと成田空港のまま!
20年近く前の駅名板がそのまま残されています。

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こちらも成田空港表示。背後の広告も当時のままなんでしょうね。
ホームに置かれた長椅子もなんだか懐かしい形。

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ホームの端にあった「AE」の停目。
もちろん現在のAE形ではなく93年まで活躍した初代AE形のもの。


成田空港から東成田へ改称されて20年近くも経ちますが、今でも至る所に「成田空港」時代の名残りが見られたのは正直ビックリでした。実のところ、私は成田空港時代の東成田を訪れたことがなく、かつてどのくらいの賑やかさがあったのか知りません。でも、特急ホームを配した二面四線の構造や広いコンコースなどを見ると、ここは確かに重要なターミナル駅だったことが伺えます。紆余曲折あった成田空港の開港と同時に開業したこの旧・成田空港駅。大きなスーツケースを持った当時の人たちは、一体どんな思いでこの駅に降り立ったのでしょうね

そして駅名改称から約20年後のこの日、都内から成田空港まで30分強で結ばれることになりました。しかも「成田新幹線」ではなく、不便だと言われた京成「スカイライナー」で・・・。

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芝山千代田発・成田行きの普通列車が入ってきました。
この列車で東成田を後にします。
京成東成田線 東成田


東成田0954-(京成東成田線)-京成成田1000



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成田スカイアクセス・・・開業初日・一番列車乗車記 [鉄道乗車記]

 
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2010.07.17
成田スカイアクセス
開業初日・一番列車 乗車記
  

昨日(17日)に開業した、成田空港への新ルート・京成「成田スカイアクセス」。首都圏では久しぶりとなるこの新規開業路線、せっかくなら開業日のしかも一番列車に乗りたいというのが「乗り鉄魂」。でも、スカイアクセス線の初発電車なんて、ウチからでは間に合わないんじゃなかろうかと、京成のHPで時刻を調べてみると、スカイアクセス線の初発電車となる「アクセス特急」は、押上6時05分発。あら、意外と遅いのね・・・これならウチの最寄り駅を5時くらいに出ればじゅうぶん間に合います。というわけで、一番列車でスカイアクセス線の新規開業部・印旛日本医大~空港第2ビル間19.1キロの完乗を目指します。

7月17日(土)
この初発列車は都営からの直通列車なので、都営浅草線の浅草橋で「アクセス特急」を待ちます。てっきり「スカイライナー」のように京成本線の上野始発だと思っていた私はちょっと拍子抜け。やはりスカイアクセス線開業に合わせてリニューアルした日暮里から気分新たに乗車したかったところですが、都営の浅草橋ではいつもと変わらず、開業ムードはまったくありません。それでも乗車案内や運賃表に新たな「スカイアクセス線」の文字があると気分が高まります。

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浅草橋からの運賃表。「スカイアクセス線」経由だと180円ほど高い。

従来からの京成本線経由と新規のスカイアクセス線経由では異なる運賃。でも、到着するのはどちらを経由しても同じ京成の成田空港(空港第2ビル)ホームに着くはず。着駅ではいったいどうやって経由を見極めて運賃の違いを判断しているのでしょうか・・・このときはそれがとても不思議でした。

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乗車列車は5時58分発「アクセス特急・成田空港行き」。
反対のホームには、アクセス線開業と同時に運転を開始した京成3050形の姿が。
都営浅草線 浅草橋

浅草橋のホームに下りて辺りを見渡すも、やはりこんな中途半端な途中駅から一番列車に乗るファンなどいないのか、同業と思われる方の姿をほとんど見かけないまま、列車の到着を知らせるアナウンスが鳴りました。京成・京急・都営・北総・・・いろいろな会社の車両が乗り入れているこの路線、さあ一番列車はどこの何形だ?

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スカイアクセスの「下り・営業一番列車」となる直通列車は、京急の新1000形。
都営浅草線 浅草橋

一番列車は京急車。まあ、西側からの直通初発列車なのだから当然といえば当然か。車内はさすがにファンでいっぱい。でも、先頭付近以外は案外空いていて、すんなり着席することが出来ました。三連休初日、さらに夏休みに入った学生も多いらしく、スーツケースを持った「純粋な」空港への利用客も目立ちます。列車は京成押上線を通り、高砂から北総鉄道へ。全線高架・高規格の北総線に入ると、速度がぐんぐん上がり、ここからがスカイアクセスの本領発揮。停車駅の少ないアクセス特急は本当に速く、あっというまに既存開業区間の終点だった印旛日本医大に到着。

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長らく終着駅だった印旛日本医大。今でも普通列車はここで折り返します。
北総鉄道 印旛日本医大

ここまで来たのは、2000年の印西牧の原~印旛日本医大間の延伸開業以来なので10年ぶり。1979年の北総開発鉄道第一期開業からちょくちょく延伸を重ねてきたこの路線も、ようやく悲願の全線開業となったわけですね・・・。ちなみに私が初めて乗った北総線は小室行きの新京成200形でした(・・・歳がばれるかな)。さて、いよいよ新線区間へ入ります。ここからは座席を立って景色を眺めることに。

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印旛日本医大を出てしばらくすると、左手に印旛沼が見えてきます。
高架から眺める印旛沼は、スカイアクセス随一の車窓風景かな。
スカイアクセス線 印旛日本医大-成田湯川

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今回開業区間唯一の新駅、成田湯川。この駅には後ほど訪れるつもり。

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成田湯川を出ると単線区間に入ります。
スカイアクセス線 成田湯川-空港第2ビル

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右手におなじみの成田山新勝寺が見えてきました。
ちょっと解りづらいですが、手前の架線柱はJR成田線。

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左からJR成田線の成田空港支線が寄ってきます
ここからしばらくはJRとの単線並走区間。

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狭軌のJRと標準軌のスカイアクセス。
こうやって見比べると差がはっきり解りますね。

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成田空港トンネルへ突入。京成の既存線とはこのトンネル内で合流します。

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空港第2ビルに到着。

空港第2ビルに到着した時点で新規開業区間の完乗は達成しましたが、このまま終点の成田空港まで乗り通します。

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終点の成田空港に到着した「アクセス特急」。
ただの京急1000形ですが、「一番列車」の記録で先頭車付近は大混雑。
スカイアクセス線 成田空港

浅草橋0558-(都営浅草線・京成・スカイアクセス 553H)-成田空港0654

浅草橋から成田空港まで約一時間。一時間という所要時間はJRの特急「成田エクスプレス」の東京~成田空港間とほぼ同じ。しかしこちらは特別料金不要ですから、早さと安さでJRはちょっと太刀打ちできませんね。JRには路線網の広さからくるターミナル駅の多さという強みがあり、私も仕事で使うなら従来どおり新宿から手軽に乗れるNE`Xを選びますが、プライベートとなると、スカイアクセスの方を選ぶかもしれません。
さて、スカイアクセスの成田空港駅。先述の経由別料金の謎を解くために改札口へ向かうと、いとも簡単に謎は解けました。というよりも、システムはいたって単純で、スカイアクセスと京成では改札口が別なのです。

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左のオレンジがスカイアクセス乗り場、正面のブルーが京成乗り場。

では、共用となるホームの構造はどうなっているのかというと・・・こんな感じでホーム中央に仕切りがあります。

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手前がスカイアクセス、奥が京成のホームで本線用の3700形が停車しています。
仕切り付近では駅員が厳しくチェック。右の路線はJR成田線。
スカイアクセス線 空港第2ビル

写真は後に訪れた空港第2ビル駅のものですが、基本的な構造は成田空港駅も一緒。長いホームを前後で仕切って、うまく両線を使い分けています。そんな成田空港駅の構造などを感心しながら眺めていると、まもなく上野からの「スカイライナー」が到着するとのアナウンスがありました。発売開始直後に指定券が即完売した「新・スカイライナー」の一番列車です。

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報道陣や工事関係者が見守る中、成田空港に到着した新AE形「スカイライナー」
スカイアクセス線 成田空港

山本寛斎氏がデザインした、ウワサの新AE形。私は初めて実車を見ました。こちらの列車は特別料金がかかるものの、日暮里~成田空港がわずか36分。驚異的な到達時間です。在来線最速の160キロで運転される新AE形の「スカイライナー」、その速さはこの後に訪れた成田湯川でまざまざと見せ付けられることになります。

成田空港0755-(スカイアクセス線)-成田湯川0809

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新駅・成田湯川。三階建て高架の立派な駅舎。
スカイアクセス線 成田湯川

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駅のすぐ下をJR成田線が通っていますが、成田線に駅はありません。
でも徒歩鉄的には、成田線の撮影へ行くのにこの成田湯川は便利かも・・・。
スカイアクセス線 成田湯川 (成田線 下総松崎-成田)

成田湯川駅の構造は二面四線で、「スカイライナー」は中央の通過線を速度を落とすことなく走り抜けます。通過線の信号機に制限160キロの青二灯が点灯すると、遠くからキーンというまるで新幹線のような風切り音が聞こえてきました。

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制限160キロのG-G信号が点灯!
 
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高速で成田湯川を通過する新AE形の「スカイライナー」。
スカイアクセス線 成田湯川

望遠系でなんとか写し止めましたが、やはりものすごいスピードです。体感速度は新幹線並み。今回は撮影したのみでしたが、いずれはこの超特急にも乗ってみたいですね。
開業初日の成田スカイアクセス乗車はこれで終了です。それにしても、京成グループにとっては世紀の大事業が完成したといっても過言ではない今回の開業。それにしては記念ヘッドマークなどの掲出も無くて、鉄道ファン的にはちょっと物足りなさが残った開業初日でした。

成田湯川0854-(スカイアクセス線)-空港第2ビル0901



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懐かしの撮影記・・・余部鉄橋 編 [あおたけ的 懐かしの撮影記]

あおたけ的、懐かしの撮影記
余部鉄橋

東洋一の高さとうたわれた、山陰本線随一の名所「余部鉄橋(余部橋梁)」。ついに今日(16日)、架け替え工事により100年近い歴史に幕を閉じることになりました。最後にもう一度、列車に乗って余部鉄橋を渡ってみたかったのですが、さすがに山陰は遠く、現地でお別れすることは叶いませんでした。

結局私が最後に余部鉄橋を通過したのは、もう6年も前の2004年7月のこと。余部鉄橋の架け替えという話は以前から持ち上がっていましたが、本格的な話題になり始めたのはこの頃ではなかったかと思います。JR西日本から余部鉄橋の架け替えが明確に発表され、「あまるべロマン」という臨時列車が走り出したこの年、私は休暇を使って餘部へと向かいました。鉄道全線の完乗を目指していた「乗り鉄」時代は何度も通った余部鉄橋、しかし列車を降りて外から眺めたことはありませんでした。そこで、このときは「撮り鉄」モードで余部鉄橋を渡る列車の写真を撮りに行ったのです。

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まずはキハ181系「はまかぜ」を撮影。あえて駅裏の「お立ち台」ではなく、鉄橋の高さが解るアングルを探して餘部の集落を歩き回った覚えがあります。しかしご覧のように生憎の空模様で、テンションが上がりませんでした。

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続いてキハ65エーデル編成の「あまるべロマン」。2両なのでこんなフレーミングにしたのでしょうが、橋脚二本では余部鉄橋の魅力が全く伝わりませんね。このときはこれがベストアングルだと思ったのか、それとも天気のせいでやる気が無かったのか・・・。このあと、本数の少ない列車を雨の中で待つのが辛くなり、もう一本キハ47の普通列車だけ撮って早々と撤収。わざわざ山陰の餘部まで来たのに、撮影したのが三列車のみというお粗末な遠征でした。しかし、その帰りに乗った「あまるべロマン」で思いがけない出来事が。乗車してすぐ、検札にきた車掌さんに「写真撮りに来たの? 今日は天気が悪くてダメでしょう・・・」などと話しかけられました。この日の「あまるべロマン」は乗客が少なく、列車全体でも10人程度。少し業務に余裕があったのか、しばらくこの車掌とは話し込み、ついでに彼から余部鉄橋通過記念の「オレンジカード」まで買ってしまいました。程なく列車は終点の香住に到着。車掌に軽く会釈して下車すると、「よかったらコレあげるよ」って手渡されたのは、なんと「あまるべロマン」の乗務員時刻表!

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この日に乗車した列車のものではなく、同年のGWに運転された際のものですが、発駅や時刻はもちろん、使用車種や速度制限まで載っているホンモノ。思いがけずとても貴重なモノを頂いてしまいました。この時刻表は今でも大切に保管してあります。そして結果的に、この列車が私の余部鉄橋を通過した最後の乗車列車となりました。

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その後、余部鉄橋にはもう一度だけ足を運んでいます。しかも前回からわずか二ヶ月後の同年9月。しかし私にしては珍しくクルマでの訪問だったので、鉄橋を渡ることはありませんでした。というのも、このときは前日に仕事で豊岡を訪れていたのです。仕事で借りたレンタカーをそのまま延長し、翌朝5時に宿泊していた豊岡から餘部を目指します。なぜこんなにも朝早くに出かけたのかと言えば・・・そう、このときはまだブルートレイン「出雲」が健在でした。餘部を7時頃に通過する「出雲」、それに間に合うようにクルマを走らせます。目指すは餘部駅裏の「お立ち台」。ちなみにこの日は一緒に豊岡へ来ていた会社の先輩が同行しています。非鉄にも関わらずついてきたのは、一度「東洋一の鉄橋」を見てみたいということでした。早朝出発という点にはかなり難色を示していましたが、「出雲」を逃すわけにはいかず、先輩といえどもコレだけは譲れません。

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お立ち台から撮影した、朝イチの「はまかぜ2号」。この列車はすぐ先の香住で「出雲」と交換していたので、もう間もなく本命がやってきます。まだ「出雲」の廃止が発表される前だったので、お立ち台もまったりムード。この日は祝日でしたが、同業者は5人程度だったと記憶しています。前回は雨に泣かされた餘部ですが、この日は概ね晴れ。しかし雲が多くて露出が安定しません。「はまかぜ」のように列車に日が当たってくれることを願いながら待っていると、鉄橋先のトンネルから長笛と共に赤いDD51が飛び出してきました。

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祝日で増結されていた「出雲」は、堂々の客車12連! その鉄橋を渡る迫力と轟音に圧倒されてしまい、思わずシャッターを押す指が震えていたのを今でも鮮明に覚えています。光は若干薄日になってしまったものの、かえってコントラストが弱まり、いい雰囲気になったのではないでしょうか。赤い国鉄色DD51が牽引する長編成のブルトレを余部鉄橋で撮る・・・贅沢な願いが叶った瞬間でした。そんなブルトレ「出雲」も二年後の2006年3月には廃止となってしまいました。

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「出雲」通過後は、集落の方に下りて普通列車を撮影。日も高くなり、青空が広がってきました。赤い鉄橋と赤い気動車が青空によく映えます。まさに天空を駆け抜けるという言葉がぴったりのシチュエーション。やはり晴れの日の撮影は気持ちいい! 前回とは打って変わってテンション上がりまくり・・・だったのですが、ここで水を差す一言・・・「そろそろ行かない?」。そう、同行していた非鉄の先輩です。私としては天気に恵まれたこの日は一日中餘部に居てもいいほどでしたが、同行者は飽きてしまったらしい。城崎温泉や出石に行きたいと言い出します。ならば、別行動にすればいいようなものですが、この方は一人旅などツマラナイというタチらしくなかなか厄介。しかし、そもそもこの豊岡出張は先輩主導の仕事で、言わば私はお供のようなもの。先輩無くしては、この日餘部に来ることも無かっただろうし、「出雲」も撮影できなかった・・・というわけで、渋々了解。でも、最後にもう一本だけ撮らせてほしいと懇願して撮影したのが次の一枚。

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クルマを止めてあった駐車場付近から広角でパチリ。これが私の余部鉄橋最後の一枚となり、後ろ髪を引かれるような思いで餘部を去ることになったのでした。このときは必ずもう一度撮影に訪れようと心に決めていたのですが、「出雲」の廃止や架け替え工事が本格化して景観が崩れてしまったことがあり、これ以降再び餘部に来ることはありませんでした。
 (ところでこの写真、異常なほどコントラストが強いのですが、デジカメやパソコンのコントラスト調整をいじっているわけではなく、これはフジの「フォルティア」という超極彩度のポジフィルムで撮ったもの。行きつけのラボで試供品としてもらったものですが、この日の空の青さにつられて試しに使ってみたのでした。あ、言い忘れましたが、今回の写真はすべてポジフィルムで撮影したものです。)

何度か列車で渡った余部鉄橋。私の場合そのほとんどが下り列車で、余部鉄橋を渡ることは山陰地方へ入るための儀式のようなものだとさえ感じていました。新しく架け替えられるコンクリート橋の方もいずれは通ることになると思いますが、果たして今度はどんな気分で渡ることになるのでしょうか・・・。ちなみに旧・余部鉄橋の一部は「空の駅」という観光施設として保存されるとのこと。一部でもこの美しい鉄橋が残されるのは嬉しいことですね。



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ONE-shot 30 EF81「北斗星」、もう一丁。 [PICK UP ONE-shot]

PICK UP ONE-shot 30 EF81「北斗星」、もう一丁。

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EF81からEF510へ、まもなく牽引機が交代するであろう「北斗星」。
私には正確な置き換え日は解らず、6月には焦って撮影へ繰り出しました。
そのときは「これでEF81北斗星は撮り納めか・・・」なんてことを書きましたが、
7月に入っても、いまだ「北斗星」の先頭に立つのはEF81。
ならばもう一丁、「北斗星」マークを掲げたEF81の勇姿を撮りに行ってみました。
今回の撮影地は南浦和~蕨の直線区間。
以前書きましたが、この辺りは線路沿いに高いフェンスが設置されています。
そこで今回は脚立持参で出撃。「徒歩鉄」に脚立持参は大変なのですが、
編成がきれいに抜けるこの場所で、一度「北斗星」を撮影してみたかったのです。
しかしここは手前に京浜東北の南行・北行、奥には東北下り・東北貨物上下と
カブリ・裏カブリとは紙一重。ドキドキしながら待ち構えていると、
その合間を縫うように、見慣れた赤いEF81の「北斗星」が現れました。
牽引機はまたしても133号機。
どうもこの「ゲサンサン」とは本当に相性がいいらしい・・・。
今度こそ私のEF81「北斗星」は撮り納めになりそうですが、
相性の良いカマでラストを迎えられるのは、なかなか悪くない気分です。
   
10.07.11 東北本線 南浦和-蕨


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甲種・配給・・・EF510「カシガマ」・ヤテE231系 撮影記 [鉄道写真撮影記]

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2010.07.06 甲種・配給
EF510「カシガマ」ヤテE231系 撮影記
  
昨日(6日)は平日ですが、私はお休みでした。というのも、先週末の土・日は休日出勤で、昨日はその代休をとったのです。代休をどの日に当てるかを考えながらDJ誌を眺めていると、6日はEF510の甲種輸送と山手線用E231系の配給列車が同日に設定されているではありませんか。甲種や配給輸送列車などは平日に行われることが多く、こういう機会が無いとなかなか撮影できません。そこで代休を使ってこの甲種と配給、両列車の撮影へ行くことにしました。とくに今回輸送されるEF510は「カシオペアカラー」の509号機。初見参の「新・カシガマ」、実車を見るのが楽しみです。

7月6日(火)
西国分寺-(武蔵野線)-東川口

せっかく休みなのだから、朝から「北斗星」などの撮影に出かければよいものを、つい普段見ることが無いワイドショーで「大相撲賭博騒動」などを見てしまい、結局撮影は昼頃に武蔵野線を通るEF510甲種からとなりました。EF510甲種を撮影するのは501号機以来二回目。今回もEF510メインの後追いで狙ってみることにします。

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ついに登場! EF510-509「カシガマ」!!
武蔵野線 東川口

一見するとシルバーというよりも、ちょっとグレーっぽい「カシオペアカラー」のEF510。雑誌等に掲載されていた完成予想イラストではもっと銀色っぽくて、私はステンレス無塗装のEF81-300のような感じを想像していました。まあ、EF510はステンレス製ではないので、艶のある銀色を出すのは難しいのかな・・・。とはいうものの、銀色(いちおう)のEF510、けっこうカッコイイじゃないですか。ライト周りと裾を濃いグレーにしたことで全体的に引き締まった印象を受けます。わずか2機しか作られない希少性も相まって、このカマは人気が出そうですね。
「カシオペア」の先頭に立ったときの編成美をはやく見てみたいものです。

ところで、このEF510が来る数分前に逆の上り線(府中本町方向)をEF641031が通過してゆきました。

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単機で現れた「死神」こと1031号機。
武蔵野線 東川口


このカマ、実は京葉線205系の廃車配給を牽引してくる予定でした。しかし何らかの不具合が発生したらしく205配給は中止となり、単機で戻されることになった模様。予定通り遂行されていれば、昨日はまさに「甲種・配給」祭りだったのに・・・。

東川口1250-(武蔵野1230E)-南浦和12541259-(京浜東北1112C)-大宮13101340-(高崎881M)-行田1419

続いて撮影するのは、高崎線を上がってくる山手線用E231系4扉車の配給輸送。この列車の輸送方法はちょっと面白くて、山手線カラー(ウグイス帯)の中間車を総武線カラー(カナリア帯)がサンドイッチした、いわゆる「混色編成」。国鉄時代には103系などでよく見られた混色ですが、ステンレス製E231系の混色となると珍しくてなかなか面白い。一度撮ってみたいと思っていた被写体でした。初めは混色の編成が解りやすいように、オカフカ(岡部~深谷)の跨線橋かオカポン(岡部~本庄)の田園地帯で引き目のアングルを考えていました。しかしこの時期、とくに午後の夕方近くはちょっと沿線撮りを避けたい事情があります。それは前日も埼玉・東京を襲った局地的な大雨、いわゆる「ゲリラ豪雨」。この日も天気予報では「午後、急な天気の変化に要注意」と出ていました。空を見上げれば不吉な雲が湧いているし・・・。私のような徒歩鉄は外の撮影地で豪雨に遭ってしまうと逃げ場がありません。一昨年もヒガハスでの急な大雨で、大変な目にあいました。あらかじめ傘やカメラのレインジャケットは用意していますが、昨今のゲリラ豪雨にそんなものはまるで歯が立たない。ちょっとでも雨の心配がある日に撮影地まで歩くのは危険か・・・というわけで、駅撮りで妥協。それでも直線かぶりつきでは混色が解りづらいので、インカーブから編成が撮れる行田駅へ向かいました。平日にも関わらず、ずいぶんとテツが多いなと思っていると、この日の2082レは・・・

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原色・PS17搭載のPF1054号機!
高崎線 行田


相変わらず貨物に関しては下調べナシなので、偶然出くわした原色機には本当にラッキーを感じます。続いて本命のE231系配給。

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1032牽引のE231系配給。カナリア3+ウグイス4+カナリア3の混色編成。


なんとか混色が解るように撮れたかな。やはり混色編成は見た目に楽しいですね。この編成で営業運転に入らないかな、なんて思ってしまいます。昔の103系などは塗装の手間があったので、塗り替えずに混色のままで営業運転に入っていましたが、今のステンレス車は帯テープを張り替えるだけで色を変えることができるので、混色で営業に入ることは無いのでしょう。

行田1518-(高崎934M)-赤羽16071610-(埼京1584F)-池袋16191623-(山手線)-新大久保1629

行田での撮影を終えて高崎線の上り電車に乗っていると、先ほどのE231系配給を大宮で追い越すことができました。もう一回撮影することができそうです。そこで向かったのは山手線の新大久保。ここで今度は後ろのE231系をメインに後追い撮影するつもりだったのですが・・・

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もう一発、前から。意外とこの撮り方でも混色って解りますね。
山手線 新大久保
 
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振り返ると・・・あら~、湘南新宿ラインの姿が・・・。
 
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長い15両が抜けると、配給はもう遠くへ行ってしまいました・・・orz


本数の多い山手線内回りにカブられることは覚悟していました。でもその内回りが配給列車の直前に抜けたのでこれは大丈夫だと安心していたのですが、まさかの湘南新宿ライン。しかも15両編成にカブられてしまいました。できれば後ろもしっかり記録しておきたかったのですが、ちょっと残念。これでこの日の撮影は終了です。

混色と言えば、今は「北斗星色」の青いEF510が牽引している「カシオペア」。こちらは混色というニュアンスとは
ちょっと違うのですが、「新・カシガマ」が出場してきたということは、もうまもなくこのイレギュラーな組み合わせも解消されてしまうのでしょうね



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ONE-shot 29 253系「N`EX」の想ひ出。 [PICK UP ONE-shot]

PICK UP ONE-shot 29 253系「N`EX」の想ひ出。

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中央線201系、「北斗星」のEF81、さらに京急1000形など、最近引退する列車が相次いでいて、記録する方も一苦労。引退間近の車両を追い掛け回すのを「葬式鉄」などというらしいのですが、私もすっかり「葬式鉄」化しております・・・。
初代「成田エクスプレス」用特急型電車253系。この車両も6月30日をもって定期運用を離脱してしまいました。
   
253系「N`EX」、私はこの列車にいったい何回乗車したことでしょう。おそらくパスポートに押された「出国」・「帰国」スタンプの数だけ乗っているのではないかと思われます。今はこのご時勢で海外出張は激減してしまいましたが、一時は年間に4~5回の海外出張があり、そのたびに253系「N`EX」で成田空港へと向かっていました。
海外出張とは一見華やかで楽しそうですが、そのプレッシャーたるや尋常なものではありません。私はいつのときも、行きの「N`EX」乗車中は重たい気持ちで一杯でした。とくに忘れられないのが、中東の某国へ行かなくてはならなかったとき。不安定な治安状況、極端な気候条件、まったく解らないアラビア語という言葉の壁・・・もう不安で不安で逃げ出したい気持ちを必死に押さえながら253系に揺られていました。なまじ「テツ」なだけに車窓を流れる田園風景と床下のジョイント音が郷愁を誘うんですよね。この列車が永遠に成田へ着かなければいいのにとも思ってましたっけ・・・(実際過去に一度、地震の影響で抑止がかかったときには、チェックインタイムギリギリでとても焦りましたが)。そんな気持ちも飛行機に乗ってしまえば、もう諦めがついて落ち着くものなのですけれど。
逆に大仕事を終えた帰国後、駅弁とビールを買って乗り込む「N`EX」は、充実感と開放感で気分サイコー。これまた別の意味で、ずっと揺られていたい気分になったものです(笑)。
   
昨年秋、「N`EX」には253系の後継となるE259系がデビュー。しかし今の私の仕事で置かれた立場や状況からすると、253系以上の利用率とはならないような気がしています。私の海外経験は253系と共にあったのかもしれません。
  
国際空港直通特急という使命上、数々の人間ドラマを見てきたであろう253系「N`EX」。
それぞれの想い出と共に、253系はその大きな使命を終えました。
    
10.02.13 東北貨物線 赤羽-池袋 (東十条付近) 


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