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懐かしの撮影記・・・両毛線「ベルギーお召し」編 [あおたけ的 懐かしの撮影記]

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あおたけ的、懐かしの撮影記
思川の思い出・・・
両毛線「ベルギーお召し」編
 
  

先日に撮影記をご紹介した、485系の臨時快速「足利大藤まつり号」。いわきと桐生の間を常磐線、水戸線、両毛線経由で運転されたこの列車、私は往路の撮影を水戸線の鬼怒川橋梁で、そして復路の撮影地に選んだのが両毛線の思川(おもいがわ)でした【◎】]ω・´)パチッ!。その記事でもちょろっと触れていますが、この思川に私が撮影へ訪れるのはおよそ20年ぶりのこと ( ´_ゝ`)フーン。20年前の両毛線・・・ひょっとしたらこの時点でピンときた方がいらっしゃるかもしれませんね σ(゚・゚*)ンー…。正確には19年前の1996年10月24日。その日、私が思川へ撮影に訪れた列車とは・・・(*゚ロ゚)ハッ!! そう、あの「伝説」の列車、ロクイチ+一号編成による「ベルギーお召し」です w(゚0゚*)w オォー!!。今回は19年前に両毛線で運転されたこの列車を「懐かしの撮影記」としてご紹介したいと思います (*´ω`*)ナツカシス。ホントは「足利大藤まつり号」の記事にオマケで載せようかとも考えたのですが、ネタがネタだけにオマケ扱いじゃもったいないと思い、別枠の「懐かしの撮影記」にしてみました(笑)。


いまから20年ほど前、平成初期のお話。当時、鉄道ファンに絶大な人気を誇っていた一機の電気機関車がありました (・o・*)ホホゥ。それが「お召し列車(天皇陛下が御公務などで乗られる特別列車)」を牽引する専用機として製造された、EF58形直流電気機関車の61号機(EF58 61)、通称「ロクイチ」。その製造理由や輝かしい経歴だけでなく、丁寧に磨き上げられた車体の美しさにもファンは魅了され 。゜+.(o´∀`o)カコイイ!゜+.゜。、ひとたびこのロクイチが動けば沿線には撮り鉄によるカメラの砲列ができるほどのスター的な人気ぶりです パシャ! Σ【◎】]ω・´)パシャ! Σ【◎】]ω・´)パシャ!。しかし、平成になってからは特別扱いを嫌う今上天皇陛下のご意向によってお召し列車の運転機会は以前よりも激減し、専用機であるロクイチが牽引するお召し列車は昭和時代の1985年(昭和60年)以降、10年以上も運転されていない状態 σ(・ω・`)ウーン…。さらに1953年製の同機は、当時ですでに製造から40年以上が経過しており、車齢的にみてもロクイチのお召し牽引はもう二度と無いだろう・・・というのが多くのファンの見方でした ヾノ・∀・`)ナイナイ。

80年代はまだまだ撮り鉄として駆け出しだった学生時代の私は、ロクイチが牽引するお召し列車(ロクイチお召)を一度も撮ったことがなく、私にとってロクイチお召の撮影は憧れというか、まさに夢のようなものです σ(・∀・`)イイナァ…。しかし先述のような理由から、その実現度はかなり低いのが実情。ロクイチ自体はお召し列車牽引以外にもイベント列車などに駆り出されていて、私はそれを撮って満足するしかありませんでした (・ε・`)シャーナイネ。

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車両基地公開のイベントで、
日章旗を掲げた「お召し装備」で展示された、
「ロクイチ」ことEF58 61。
▲87.4 東海道本線 品川運転所(当時)

そんなロクイチはふだん、東海道線の田町と品川の間にある旧・東京機関区(品川運転所)に常駐していて、東海道線の車窓からもその姿を確認することができました ( ̄。 ̄)ヘー。時は90年代の半ばとなり、社会人数年目で休鉄(撮り鉄休眠)状態だった私ですが、東海道線に乗るときはクセのようにロクイチの姿を目で追っていたものです オッ!(゚∀゚*)イタッ!。ところが、ある日からそれがぱったりと見当たらなくなってしまいました (゚ー゚?)オヨ?。休鉄で学生時代の情報網とは疎遠になっていた私でしたが、さすがにロクイチのことは気がかりで(まさか廃車に? (゚ロ゚;)マサカ! ・・・なんて)、久しぶりに鉄を続けていた友人に連絡を取ってみると(メールが一般化されていない時代でしたから、当然、連絡手段は電話です モシモシピエロ~>(´▽`[]ゝ )、そこで私の耳に入ってきたのは「どうやら10月に両毛線でお召し列車が運転されるらしい。カマ(牽引機)はロクイチだとか・・・」という、ぶっ飛びそうになるほど驚きの情報 Σ(゚□゚(゚□゚*)ナ、ナニーッ!!。なんと、ロクイチお召が走る!? (゚ー゚;)マジカヨ… でも、このような真実味の薄いガセネタは常に多く流れていて、人づてで聞いたと言う友人はこの時点で半信半疑 (;¬_¬)ウーム…。私も「もしホントだったらスゴいよね ヽ(´∀`;)ハハ 」なんて笑いながら、電話を切りました。しかしその半月後くらいには、両毛線で実施された客車の試運転が雑誌の写真投稿欄に掲載され(たしか89+12系だったかな?)∑(=゚ω゚=;)エッ!?、にわかにあの「夢の列車」の真実味が高まってきたのです マジデ(゚ー゚;)マジナノカヨ…。そしてもうひとつの手がかりは新聞やテレビのニュース。10月某日にベルギーの国王夫妻が来日され、天皇皇后両陛下が栃木県足利市にある史跡・足利学校をご案内するとのこと (`・ω・´;)フムフム。足利と言えば、ウワサの両毛線沿線・・・。ここまで来るともう疑いの余地はなく、どうやらホントに両毛線でお召し列車が走るようです (゚ー゚;)マジダッタンダ…。それでも私はまだ「ロクイチ牽引」というところが信じられませんでしたが (;¬_¬)ウーム…、たとえ他の機関車が牽引しようと、たとえ電車での運転だろうと、お召し列車は走るだけでもスゴいこと。私は友人とともに撮影へ行くことを決め、運転日とされる日の有給休暇を会社に申請しました 口⊂(_ _ )ヨロシコ(運転日は平日の木曜だったんです) 。

結局、私も友人も運転日は掴んだものの詳細な通過時刻はわからぬままでしたが、天皇陛下や国賓が乗られるお召し列車ですから極端な早朝や深夜はありえないでしょう σ(゚・゚*)ンー。初発電車で駆けつけて、朝から沿線で待ち構えていればいつかは通過するはず。そんな心構えで両毛線へと向かいます。小山で東北線から乗り継いだ両毛線の車内は、お召列車の運転を決定づけるかのように多くの同業者でごった返していて w( ̄▽ ̄;)wワオッ!、これは撮影地の混雑も必至。ウワサによると光線状態のいい場所などは数日前からの徹夜組も出ているとか・・・(´д`;)スゲーナ…。そんななかで小山を発車した両毛線が最初に通る撮影ポイントが、小山と思川の間にある田園地帯です (゚∀゚)オッ!。ここは車窓から見た限りではまだ立ち位置にじゅうぶんな余裕がありそうでしたし、この先にある撮影地の混み具合がどれほどなのか解らないので、私たちは安全策を選んで無難な思川で下車しました m9(`・ω・´)ケテイ!。そして駅から歩くこと10分弱、カメラを構えたのが先日の「足利大藤まつり号」を撮った場所の逆アングル(下り側)です (・o・*)ホホゥ。光線状態はあまり良くないけれど、とにかく編成がスッキリと抜ければいいや・・・当時はそんな感じでした (´∀`;)マ、イッカ。この場所に集まった同業者は最終的に30人くらい(だったと思う)となり、近くにいた詳しい方から教わった通過時刻が近づくと、あたりに漂うのは今までに味わったことがないような独特の緊張感・・・(°_°;)ドキドキ。そこで誰かが発した、「来たっ!(゚∀゚;)」の声が今でも記憶の中によみがえります。直線上に見えてきたのはまぎれも無い、日本とベルギー両国の国旗をはためかせたロクイチの勇姿でした (ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-!!。

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ベルギー国旗と日の丸を掲げ、
粛々と両毛線を進む、ロクイチ牽引のお召し列車。
▲96.10.24 両毛線 小山-思川

実に11年ぶり、平成初となったロクイチお召。よく見れば光線状態はマンダーラっぽいし、ベルギー国旗が翻ってしまったのは残念でしたが、それでもロクイチが牽引する(新)一号編成という夢のような列車が撮れたことに、私だけでなくまわりの方々からも一斉に歓声が沸き上がりました バンザ━━━\(≧∇≦)/\(≧∇≦)/\(≧∇≦)/\(≧∇≦)/━━━イ!! 。当時はとにかく興奮と感動でアタマのなかが真っ白になり ( ゚ρ゚)ポカーン 、両陛下とベルギー国王夫妻が乗られた貴賓車(中間に組み込まれた特別車両)を撮る余裕は無かったみたいですが、ハッと我に返って ∑(〃゚ o ゚〃) ハッ!! なぜか客車列車なのに後追いを撮っています Σ【◎】]ω・´)パチッ!。これも今となってはいい記録かな?(笑)

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振り返って、後ろからも撮影していました。
踏切に集まっているのは撮り鉄ではなく、
歓迎する地元の方々です。
▲96.10.24 両毛線 思川-小山(後追い)

この日のお召し列車は小山と足利の間を一往復する予定で、午前に往路、夕方に復路が運転されます。まさに先日の「足利大藤まつり号」のようなスジ(運転ダイヤ)ですね σ(゚・゚*)タシカニ。「大藤まつり号」のときは往路と復路の間に食事をとったり、東武の撮影へ転戦したりして時間を潰しましたが、このお召し列車のときは復路の通過時刻を同業者から聞いていたものの、往路撮影後すぐに思川駅を挟んだ反対側(栃木寄り)の撮影ポイントへ移動し、場所を確保しておくために通過までジッと待ち続けていました ジ━━━(`・ω・´)━━━ッ。この日は空模様がめまぐるしく変わるような「猫の目天気」(=ΦωΦ=)ニャア。待ち時間には小雨がぱらつくような時間帯もあり ヽ`、┐( ̄o ̄;)アメダ… お召し列車に日が当たってくれるかは微妙な感じです。フィルムを曇り空に対応した高感度のISO400にするか、それとも晴れることを信じて低感度で粒状性の細かいISO80(VELVIA+1ってやつね)にするか悩みましたが (。-`ω´-)ンー、お召し列車が始発駅の足利を発車する頃になると日差しが回復 (゚∀゚)オッ!。私は低感度のフィルムを装填して通過を待つことにしました。そして緊張の瞬間が再び・・・(°_°;)ドキドキ

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秋の夕日に照らされて、
お召し列車の豪華編成が美しく輝きました。
▲96.10.24 両毛線 栃木-思川

雲に遮られること無く、きれいな西日に照らされたお召し列車。まさに最高の条件です! (ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-!! ロクイチお召が現代に走るだけでも奇跡的なことなのに、この光に恵まれるとは・・・思わずシャッターレリーズを押す指が震えたものでした (((`・∀・´;)))ブルルッ!。実はこのとき何よりも印象に残ったのは、傍らを走り去る御料車の中央に掲げられた菊の御紋が、一瞬キラリと光ったこと。あのシーンは20年近くたった今も脳裏に深く刻まれています ゚+。*・感。゚(゚ノД`゚)゚。動・*。+゚。

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去りゆくお召列車をまたも後追い撮影。
結果的にこれが私の見る、
最初で最後のロクイチお召でした
▲96.10.24 両毛線 思川-栃木(後追い)

そして私はこの夕方の光線状態を覚えていたことで、同時間帯に運転された先日の「足利大藤まつり号」の復路を思川で撮ろうと決めたのです。あの日から19年・・・「夢の列車」を撮る事ができた、思川の思い出でした (*^^*)


ちなみにロクイチはその後、99年に中央線の大月~原宿で「ルクセンブルクお召し」、さらに01年には東海道・横須賀線の東京~北鎌倉で「ノルウェーお召し」が運転されましたが、前者は仕事の合間を縫って近場の駅へ撮影に出向くも、中央線の201系にモロカブりされて撃沈・・・il||li_| ̄|◯il||li(これは私の撮り鉄史上、もっともショックなカブりでした (つω-`。)グスッ)。後者は海外出張中で撮影に行けませんでした (・ω・`)ザンネン。そしてロクイチはお召し列車以外のイベント列車牽引などでも活躍し続けましたが、08年に重度の故障(台枠の損傷と言われています)が発覚し、事実上の引退・・・(´・ω・`)ショボーン。今はお召し列車を後任の特別車両・E655系に託して、客車の一号編成とともに東京総合車両センター内の特別倉庫(御料車庫)にて保管されています。

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現在は東京総合車両センター内に保管され、
通常、一般には見ることができない「ロクイチ」。
今のところ、公の場に姿を見せたのは、
10年夏の同センター一般公開時が最後となっています。
▲10.8.28 東京総合車両センター

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栄光の「ロイヤルエンジン」EF58 61。
もう二度と、その力強い走りは見られないのでしょうか?
▲06.06.10 高崎線 岡部-本庄



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